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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13849号 判決

原告

中川文人

被告

株式会社ヨコヤマ

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金七七五一万九九一三円及びこれに対する平成五年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、環八通りの用賀入口交差点において、東名高速道路に入るため右折した普通乗用車が対向直進してきた原告運転の自動二輪車と衝突し、原告が負傷したことから、人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成五年四月一七日午後一一時一〇分ころ

事故の場所 東京都世田谷区瀬田五丁目三九番先瀬田公園用賀入口交差点(以下「本件交差点」という。)

加害者 被告横山謙司(以下、「被告横山」という。被告車両運転)

被告車両 普通乗用自動車(品川五四む六〇一)

被害者 原告。原告車両を運転

原告車両 自動二輪車(横浜こ九七六三)

事故の態様 本件交差点において、環八通りを瀬田方面から高井戸方面に向かつて直進中の原告車両と高井戸方面から東名高速道路に入るため右折進行した被告車両が衝突したが、その態様については争いがある。

2  事故の結果

原告は、第九、一〇胸椎骨脱臼骨折、完全対麻痺、右肩甲骨骨折、左第九肋骨骨折、肺挫傷等の傷害を受け、事故当日から平成五年五月一三日まで杏林大学病院で、また、同日から平成六年一月七日まで国立療養所村山病院でそれぞれ入院治療を受けたが、自賠責保険において後遺傷害別等級表一級三号と認定される後遺障害を残した。

3  責任原因

被告横山は被告車両を運転しており、被告株式会社ヨコヤマは被告車両の保有者である。

4  損害の填補

原告は、自賠責保険から三一二〇万円の填補を受けた。

三  本件の争点

1  本件事故の態様及び免責・過失相殺

(一) 原告の主張

原告が環八通りを瀬田方面がら高井戸方面に向かつて直進し、本件交差点の進入時に対面信号が黄色となつたので、若干速度を早めて同交差点を進行中、被告横山が、前方不注視のまま、対面信号が右折矢印信号になるかその直前に右折を急速に開始したため、本件事故が発生した。

(二) 被告らの主張

被告横山が高井戸方面から東名高速道路に入るため右側右折車線の停止線で先頭車として待機し、対面信号が右折青矢印・赤色に変わつた後、未だ対向車線を直進する車両の通過を待ち、後進の対向直進車が直線二車線のいずれにおいても前照灯を消して停車するのを確認してから右折を開始したところ、原告が対面赤信号を無視して、右二両の停車車両の間から本件交差点に進入した。同被告は、原告車両の前照灯を発見して急制動の措置をとつたが被告車両の左側前後扉部分に原告車両の前部が衝突したものであり、本件事故は、対面赤信号を無視した原告の一方的な過失に基づくから、免責を主張する。

仮に、被告横山に何らかの過失があつたとしても、右の経緯から九割の過失相殺を主張する。

2  損害額

(一) 原告

原告が本件事故により被つた損害は、次のとおりである。

(1) 治療関係費 一二七万二三〇五円

〈1〉 杏林大学病院分 二八万五二五〇円

〈2〉 国立村山病院分 九一万一四〇五円

〈3〉 装具費 五万二六三〇円

〈4〉 国立村山病院への転送費 二万三〇二〇円

(2) 療養住居費 三六五万一四六一円

原告が国立村山病院退院後、同病院でリハビリ治療を受けるため、同病院付近のアパートを借りて、車椅子で生活ができるように改造した。

〈1〉 賃借時の礼金、敷金、仲介料 三九万〇九一〇円

〈2〉 家賃及び駐車料 九八万一〇〇〇円

平成五年一〇月分から平成六年六月分まで

〈3〉 アパート改造費 九七万〇〇〇〇円

〈4〉 階段昇降器設置費 七〇万〇四〇〇円

〈5〉 クリーンヒーター設置費 二三万五〇〇〇円

〈6〉 リハビリ用風呂設置費 二三万六〇〇〇円

〈7〉 車椅子の自己負担金 一三万八一五一円

(3) 付添介護料 五三一八万一四八八円

原告の母中川ひで子は、東邦生命に勤め七六九万四二五八円の年収を得ていたところ、原告の付添介護のため平成四年及び平成五年に合計三三二万一〇七四円減収した。また、今後少なくとも二〇年間週三回原告宅に通う必要があり、このため、その収入が年間四〇〇万〇九三二円減少する。ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、右二〇年間の付添介護料は次の金額となり、合計の付添介護料は前記のとおりである。

計算 400万0932円×12.4622=4986万0414円

(4) 逸失利益 九二八九万四六〇一円

原告は、平成四年三月高等学校を卒業し、本件事故当時一九歳でアルバイトをしていたが、本件事故のため、一〇〇パーセント労働能力を喪失した。そこで、平成四年度賃金センサス高卒男子労働者年収五一三万八八〇〇円を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、本件事故による逸失利益は右金額となる。

計算 513万8800円×18.0771=9289万4601円

(5) 慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

後遺障害による慰謝料として三〇〇〇万円が相当である。

(6) 自動二輪車代 二〇万〇〇〇円

右損害の合計額一億八一一九万九八五五円となるところ、原告にも過失があり、四割を過失相殺により控除し、また、前記自賠責填補分を控除すると七七五一万九九一三円となり、これが主たる請求部分である。

(二) 被告ら

原告の主張を争う。特段の主張は次のとおり。

(1) 治療関係費のうち、杏林大学病院分、国立村山病院分及び国立村山病院への転送費については争わない。

(2) 療養住居費の因果関係を争う。特に、自宅でない賃借アパートの改造費は因果関係を欠く。

(3) 付添介護料については、原告の母の付添介護が必要であるとしても、事故前の母の収入額を基礎として介護費用を算定することは争う。

(4) 逸失利益の算定に当たつては、原告は症状固定時二〇歳であり、ライプニツツ係数は一七・九八一〇とすべきである。

(5) 慰謝料額を争う。

(6) 原告主張の自動二輪車代は購入時のものである。

第三争点に対する判断

まず、本件事故の態様等について検討する。

一  甲一、乙一ないし四、証人小林額、原告本人、被告横山本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件交差点は、別紙現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおり、幹線道路である環八通りと東名高速道路用賀出入口とが交差する。信号により交通整理の行われている交差点である。環八通りの高井戸方面から瀬田方面に向かう方向及びその逆方向ともに、右折車線が二車線、直進車線が二車線、左折車線が一車線となつており、瀬田方面から高井戸方面に向かう車線の本件交差点手前の停止線から、高井戸方面から東名高速道路に進入するための右折車線のうち右側の車線の交差点内の右折用停止線付近にある別紙図面〈1〉の地点までは、四五・六メートルあり、時速六〇キロメートルで進行しても同距離を走行するためには二・七秒要する。本件事故が発生した時間帯では、環八通りを走行する車両のための対面信号は、いずれの側も青色三七秒→黄色三秒→赤色・右折青矢印の二色一五秒→赤色二五秒のサイクルとなつている。

2  被告横山は、環八通りを高井戸方面から瀬田方面に向けて被告車両を運転し、本件交差点で東名高速道路に入るため一番右側の右折車線を進行し、対面赤色信号に従つて本件交差点手前の停止線で先頭車として停止し、対面信号が青色となつたことから、同車線の交差点中央部にある右折用停止線まで進行し(別紙図面〈1〉の地点)、同所において右折が可能となるのを待機した。

3  原告は、環八通りを瀬田方面から高井戸方面に向けて進行し、時速約六〇キロメートルで本件交差点にさしかかつた。その後、原告は、速度を若干早めて本件交差点を直進したところ、右折を開始した被告車両を発見し、また、被告横山も対向車線を直進する原告車両の前照灯を発見し、それぞれ急制動の措置をとつたが、原告車両は転倒し、そのまま六・七メートル滑つて、別紙図面×の地点で被告車両の左側前後扉部分に原告車両の前部が衝突した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  原告は、本人尋問において「環八通りを過去に幾度か通行しており、本件交差点の状況は承知していた。原告車両に乗つて左折車線の隣の直進車線を時速約六〇キロメートルで進行し、本件交差点にさしかかつたが、それまでは本件交差点の対面信号は青色を示していた。別紙図面に乙の車両と記載してある地点を通過する時に対面信号が黄色となつたので若干速度を早めて本件交差点に進入したところ、衝突地点の約一〇メートル手前の地点で自車前方において被告車両が車体の左側を見せるような状況にあるのを発見し、急制動をしたが衝突した。原告車両の前方の高井戸方面に向かう車両は、はるか先を進行しており、原告車両が本件交差点に進入したときは、別紙図面では図示できない程先の位置にいた。右折車線の隣の直進車線には直進する車両は無かつたと思われる。別紙図面の甲の車両及び乙の車両と記載してある地点で停止した車両を見ていない。」と供述する。

他方、被告横山は、本人尋問において、「高井戸方面から東名高速道路に入るため、環八通りの一番右側の右折車線を進行し、対面赤色信号に従つて本件交差点手前の停止線で先頭車として停止したが、その時、後続車両がいるのをバツクミラーで認識した。対面信号が青色となつたことから、同車線の交差点中央部にある右折用停止線まで進行して(別紙図面〈1〉の地点)、同所において前照灯を消し、右ウインカーを出して、信号が変わるのを待つた。対面直進車両が何両か通行していたため、青信号では右折することができなかつた。対面信号が黄色となつても、対面直進車両があり、右折することができなかつた。その後、対面信号が赤色・右折青矢印の二色に変わつたのを確認したが、なお対向直進車両が二、三両あり、これらが通過後右折を開始した。右折開始前に別紙図面の甲の車両及び乙の車両と記載した各地点においていずれも車両(以下、それぞれを「甲の車両」又は「乙の車両」という。)が停車し、前照灯を消したので、被告車両の前照灯を点けて時速五、六キロメートルの速度で右折を実行した。そして、一、二秒を要して別紙図面〈2〉の地点まで来た時に、原告車両の前照灯が別紙図面「あ」の位置にあるのを発見して急制動したが、転倒して滑走してきた原告車両と衝突した。原告車両は、甲の車両と乙の車両の間から本件交差点に進入したものと思われる。」と供述する。

被告車両の後部から追随していて、本件事故を目撃したとする証人小林額は、「本件交差点の手前では被告車両の直後に停止し、対面信号が青色に変わつた後に被告車両に追随して右折用車線を進行し、被告車両が別紙図面〈1〉の位置で停車したときに、その後ろで停止した。対面信号が赤色・右折青矢印の二色に変わり、対向直進車両を二、三両やり過ごした後に、被告車両に追随して右折を開始したが、その前に、甲の車両及び乙の車両がいずれも停車し、前照灯を消し、スモールランプとしたのを確認している。対面信号が赤色・右折青矢印の二色に変わつた後、二、三秒経過してから、被告車両は右折を開始したのである。そして、被告車両が別紙図面〈2〉の地点に、また、自己の車両がその後ろまで来た時に、原告車両の前照灯が別紙図面「あ」の位置の付近にあるのを発見し、それから原告車両が転倒して被告車両と衝突したのを目撃した。被告車両が衝突を避けるのは不可能であつた。」と証言し、乙三は、これに沿う。

三  このように、原告の供述と被告横山の供述は相反しているが、同被告と小林証人の供述は完全に一致しており、本件事故の態様については、これらの供述の信用性如何ということとなるので検討する。

1  小林証人と被告横山の関係であるが、証人小林及び被告横山本人によれば、両名とも本件交通事故前は互いに面識はなかつたこと、両名の業種が異なることが認められ、小林証人の証言は、それ自体に矛盾等がない限り、基本的には第三者の証人としてそれなりの信用力があるということができる。もっとも、証人小林及び被告横山本人によれば、被告会社の本店と証人小林が一〇年ほど前に店を有しており、また、現在も監査等の役割をする東京都世田谷卸売青果市場の所在地がさほどの距離を有しないことが認められるのであり、また、小林証人は予め被告ら代理人に対して右証人と完全に一致する陳述書(乙三)を作成していて、両名の供述がいずれも作為的なものであると疑う余地がないわけではないから、この点も考慮しながら検討することとする。

2  まず、被告横山、小林証人の各供述は、いずれも、鮮明・詳細・具体的である上に、それ自体矛盾するところはないということができる。特に、前認定のとおり、瀬田方面から高井戸方面に直進する車線の本件交差点手前の停止線から別紙図面〈1〉地点まで時速六〇キロメートルで進行しても二・七秒要するのであつて、両名の、対面信号が赤色・右折青矢印の二色に変わつてから二、三秒間は対向直進車両をやり過ごすために費やしたとの供述は、対面黄色信号下において対向直進してきた車両を待機したものとして真実味があるということができる。また、乙一によれば、被告横山は、本件事故直後の実況見分の時から警察官に対して甲、乙両車両の存在を説明していることが認められ、一貫性があるということができる。

他方、原告の供述によれば、乙の車両はなく、原告車両の前方にははるかに先にしか車両の存在はないとのことである。しかし、若し、そうであれば、対向右折車両とすれば、対向信号が赤色・右折青矢印の二色に変わらなくても右折を実行するのが通常であると考えられるが、被告車両はこれを行つていないのであり、この点に疑問が生じる。さらに、本件交差点を直進したところ、衝突地点の約一〇メートル手前で被告車両が自車前方で車体の左側を見せるような状況にあるのを発見したと供述するが、乙の車両が存在しなければ、もつと手前で被告車両を発見し得たはずであり、この点にも疑問が生じる。

以上の検討によれば、被告横山の供述と一致する小林証人の証言のほうが、原告の供述よりも信頼し得るということができ、同証人が第三者の証人であることも考慮すると、同証人の証言に基づいて本件事故の態様を認定するのが相当である。

3  そうすると、本件事故は、対面信号が赤色・右折青矢印の二色に変わつてから二、三秒間経過し、別紙図面の甲の車両及び乙の車両が停止し、前照灯を消し、スモールランプとした後に、被告車両が別紙図面〈1〉の地点から右折を開始したところ、原告が甲の車両又は乙の車両の横をすりぬけて本件交差点に進入した結果生じたものというべきである。この点、原告は、被告車両が別紙図面〈1〉の地点から〈2〉の地点までの九メートルを被告横山の供述どおり時速五キロメートルの速度で進行すると六、五秒要することから、その供述は異常であると主張する。しかし、同被告は、その間の距離を一、二秒で進行したとも供述しているのであつて(二秒で進行したとすれば約時速一六キロメートルということとなる。)、徐行しながら発進したことを速度が時速五キロメートルであつたと供述しているものと認められ、右認定、判断を左右するものではない。

なお、被告横山本人によれば、本件事故当時、被告横山は助手席にその娘を同乗させており、同人とシートベルト着用に関して話していたことが認められるところ、原告は、このことから被告横山はその話し合いに気を取られて前方注視に欠けるところがあつたと主張する。しかし、被告横山が前方等を注視したままそのような話し合いをすることが可能であることは明らかであり、他に同被告に前方等の注視に欠けるところがあつたことを認めるに足りる証拠はない。

4  右認定事実に基づき被告横山の過失を検討すると、右折車両の運転者にとつては、対向直進車線の先頭車両のいずれもが対面赤信号に基づき停車した場合には、それらの車両の後続車が停車車両の横をすりぬけて交差点に進入を敢行するような運転行為については、通常予想することができないというべきである。そして、被告横山が、右折青矢印信号に基づき右折を開始するときに原告車両が本件交差点を直進しようとしているのを認識していたなどの特段の事情を認めるに足りる証拠はない。そうすると、同被告において、原告車両が前示項、乙両停車車両の横をすりぬけて本件交差点に直進してくることまでも予想し、そのような後続車の有無、動静に注意して交差点を進行すべき注意義務はないというべきである。また、前示被告横山及び小林証人の各供述によれば、被告横山は、原告車両の前照灯を発見するや直ちに急制動の措置を採つたことが認められるのであつて、この点に関しても、同被告は注意義務を尽くしており、本件事故に関しては同被告に過失がなかつたものと認めるべきである。

この点、原告は、自賠責保険では満額を得ていることを主張するが、証人小林によれば、同人は保険会社から事情の聴取を受けたことはないのであつて、自賠責保険では、原告の被害者請求に基づき、小林証言を吟味することなく支給決定したものと推認され、右認定判断を左右するものではない。

四  前認定判断を総合すると、被告横山には本件事故について過失がないから、同被告は、本件事故に関し、民法七〇九条に基づく責任は負わないというべきであり、また、乙五、六によれば、被告車両には構造上の欠陥や機能の障害がなかつたことが認められるから、被告会社は、自賠法三条ただし書に基づき、原告に生じた損害を賠償する義務を負わないというべきである(なお、物損を求める部分については、被告横山に過失があるとは認められないことから、原告の主張は、失当である。)。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

現場見取図

〈省略〉

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